「他の事業にも挑戦したいけれど、会社の保証人になっているから動けない」
「これまで一度も返済を滞らせていないのに、そろそろ保証人を外してもらえないものか…」
かつては、金融機関から融資を受ける際に経営者が連帯保証人になるのは、ほぼ当然のこととされていました。経営者保証がなければ、そもそも融資は受けられない、そんな常識が根強くありました。
しかし今では、一定の条件を満たせば、過去に受けた融資の保証を解除することも可能になっています。背景にあるのは、2014年2月に運用が始まった「経営者保証に関するガイドライン」です。
本記事では、経営者保証に関するガイドラインの概要や経営者保証のメリット・問題点を整理しつつ、保証解除の条件や手続きの流れを解説します。さらに、実際に取り組みを進めている金融機関や信用保証協会の事例にも触れていきます。
経営者保証の解除を検討している方は、ぜひ最後までお読みください。
【基本】経営者保証とは?メリットおよび問題点

銀行をはじめとする金融機関は、融資をおこなう際に経営者に連帯保証人になってもらうことが一般的となっています。経営者を連帯保証人になってもらうことで、万が一会社が返済できなくなった場合、経営者に対して融資の返済金を金融機関が請求できるからです。
ここでは、金融機関が経営者保証を求める理由やメリットについて、および経営者側にとってのメリットや問題点についても解説します。
経営者保証とは経営者個人が連帯保証人になること
経営者保証とは、中小企業が金融機関から融資を受ける際に、経営者本人が会社の債務に対して連帯保証をすることをいいます。
連帯保証人となった経営者は、企業が返済不能に陥った場合、債務を肩代わりしなければなりません。
経営者保証により、金融機関は貸倒リスクの軽減につながります。会社にとっても、融資を受けやすくなる側面もあります。
金融機関が経営者本人を連帯保証人をとるメリット
金融機関が経営者を連帯保証人とすることで、得られる主なメリットとして以下の3点があるので解説します。
- モラルハザードの抑止
- 回収ルートの確保
- 経営者としての資質確認
モラルハザードの抑止
金融機関にとって、経営者を連帯保証人とすることは、モラルハザードの抑止につながります。返済への責任感が高まり、無計画な事業運営や資金の私的流用といった行動を抑制できるためです。
さらに、事業が悪化した際の安易な法的整理の選択にも一定の歯止めがかかることから、経営の健全性を保つうえで有効な手段といえます。
回収ルートの確保
万が一、法人が返済不能に陥った場合でも、経営者が連帯保証人であれば、金融機関は経営者個人に対して返済の請求が可能です。
もし経営者が保証人でなければ、金融機関は法人の資産以上の回収は望めず、債権の未回収リスクが高まります。
そのため、経営者を連帯保証人とすることで、金融機関は回収ルートを確保し、債権の保全を図ることが可能となります。
経営者としての資質確認
金融機関にとって、経営者を連帯保証人とすることは、経営者としての覚悟や責任感を見極めるための重要な材料でもあります。
融資に際しては、企業の業績だけでなく、経営者自身の資質も評価対象です。自社の連帯保証をためらう経営者は、責任感に欠けると見なされ、評価が下がることもあります。
つまり、経営者保証は単なる債権回収手段にとどまらず、金融機関の与信判断において、経営者の姿勢を測る指標としても機能しているのです。
経営者個人が連帯保証人となるメリット
一方で、経営者が連帯保証人となるメリットも存在します。
経営者が連帯保証人となるメリットは、次の3点です。
- 金融機関からの信頼が得やすくなる
- 融資までの審査がスムーズになる
- 追加融資や条件変更に応じてもらいやすくなる
金融機関からの信頼が得やすくなる
経営者が連帯保証人となることで、事業に対する責任感や覚悟が金融機関に明確に伝わります。こうした姿勢は与信審査においてプラスに評価され、融資の承認を得やすくなる要因となります。
とくに創業間もない企業や、財務基盤の脆弱な中小企業では、経営者の信用が重要な補完材料として見なされるため、金融機関の信頼を得るうえでも効果的です。
融資までの審査がスムーズになる
経営者が連帯保証人となることで、金融機関は万が一の場合の回収手段を確保できるため、融資審査がスムーズに進むというメリットがあります。
特に、担保が不足していたり、過去の業績だけでは信用判断が難しいケースでは、その効果が顕著です。
経営者の保証によりリスクが軽減されることで、審査期間の短縮も期待でき、迅速な資金調達につながります。
追加融資や条件変更に応じてもらいやすくなる
経営者が連帯保証人である場合、金融機関はその企業を将来的に支援すべき取引先とみなす傾向があります。
追加融資の申し出や、業績悪化に伴う返済条件の見直しを相談する場面でも、経営者の責任ある姿勢が評価され、前向きな対応を引き出しやすくなります。
経営者保証により、金融機関と信頼関係が築け、長期的な取引の継続だけでなく、企業再建においても好影響をもたらすことが期待できるでしょう。
経営者保証の問題点
経営者保証には、金融機関および経営者個人にとってメリットがありますが、経営者個人にとっては、いくつかの問題点があります。以下では、主な問題点について解説します。
- 個人資産を失うリスクが高い
- 新規創業や挑戦を阻む
- 事業承継の妨げになる
個人資産を失うリスクが高い
経営者が連帯保証人となっている場合、会社が債務を返済できなくなると、その責任は経営者個人に及びます。
場合によっては、自宅や預貯金などの個人資産を処分して返済に充てなければならないこともあり、生活基盤が大きく揺らぐリスクがあります。
特に中小企業では、会社の資産と経営者個人の資産との区分があいまいなケースも多く、経営者が私財を失う恐れが高い点は大きなデメリットです。
新規創業や挑戦を阻む
経営者保証は、新規事業への挑戦やリスクを伴う経営判断をためらわせる要因となります。
連帯保証人としての責任が重くのしかかることで、失敗への恐れから慎重になりすぎ、チャンスを逃してしまう可能性があります。
スピード感のある決断が求められる場面でも、保証の重圧が判断を鈍らせ、企業本来の成長力を発揮しにくくなることもあるでしょう。
事業承継の妨げになる
経営者保証は、事業承継の大きな障害となることがあります。現経営者が保証している債務を、後継者がそのまま引き継がなければならない場合、リスクを負うことに慎重になり、継承をためらう原因となる恐れがあります。
仮に承継しても、保証債務の存在が足かせとなり、大胆な投資や事業改革に踏み出せず、企業の発展を妨げることがあるかもしれません。
「経営者保証に関するガイドライン」とは?

中小企業が融資を受ける際、経営者が連帯保証人となるのが慣例でした。
しかし、経営者個人の過大な負担やリスク、起業や事業活動、そして事業承継時における後継者確保など事業運営における障害が指摘されていました。
そこで、全国銀行協会と日本商工会議所を中心なってガイドライン研究会が組織され、2014年に策定されたのが「経営者保証に関するガイドライン」です。
以下では、ガイドライン策定の背景や経営者保証に関するガイドライン策定の背景や概要について紹介します。
経営者保証に関するガイドライン策定の背景
上記にあるように、中小企業が金融機関から融資を受ける際、経営者による連帯保証は長らく常態化してきました。しかし、この慣行は企業が経営不振に陥った際、経営者個人の生活を脅かし、再挑戦の機会を奪う要因となっていました。
こうした構造的な課題を受け、2013年12月、全国銀行協会と日本商工会議所を中心にガイドライン研究会が組織され、翌2014年2月1日に「経営者保証に関するガイドライン」が策定・適用を開始しました。
経営者保証に関するガイドラインの概要
経営者保証に関するガイドラインの特徴として、中小企業と金融機関との間で、次のような取引等の場面において、中小企業・経営者・金融機関のそれぞれがとるべき対応が定められています。
- 経営者保証を求めない融資を受ける場合
- やむを得ず経営者保証を求める場合
- 既にある経営者保証を見直す場合
- 後継者等に事業を承継させる場合
- 事業再生・廃業等によって保証債務を整理する場合
経営者保証に関するガイドラインには法的な拘束力はありません。
しかし、中小企業・経営者・金融機関の三者が自発的に尊重し、遵守することが求められています。
【3つ】経営者保証を解除するための条件

前述のように、かつては金融機関から融資を受ける場合、経営者が連帯保証人となることは半ば当然という考えでした。しかし、経営者保証に関するガイドラインの策定により、その風潮は変化しつつあります。
経営者保証に関するガイドラインは、経営者保証を求めない融資を検討することを金融機関に求めているからです。これは、既存の融資にも当てはまります。
ただし、保証契約の見直しを申し出るためには、3つの条件があります。
以下では、これら3つの条件について解説しましょう。
- 法人と経営者との関係の明確な区分・分離
- 財務基盤の強化
- 財務状況の正確な把握、経営の透明性確保
1.法人と経営者との関係の明確な区分・分離
経営者は、会社との関係を明確に区分および分離しておくことが必要です。中小企業では、経営者の資産と会社の資産との線引きがされていないケースがあります。
「会社のお金は自分のお金」といった「公私混同型」であれば、経営者保証の解除はおぼつきません。経営者個人と法人とは、誰が見ても分離しているようにしておくことが大事です。
2.財務基盤の強化
財務基盤を強化することも、経営者保証の解除には必須です。
経営者保証の解除を金融機関に依頼する場合「経営者保証免除対応確認書」を提出しなければなりません。
そこでは2つの要件をクリアしなければなりません。
- 直近の決算書が債権超過であること
- 法人と経営者の資産・経理が明確に区分されており、法人と経営者の間の資金のやりとりが、社会通念上適切な範囲を超えていないこと
債権超過とは、貸借対照表における総資産から負債を引いた値がプラスである状態です。
法人と経営者の間の資金のやりとりの事例として、役員報酬・賞与、配当、オーナーへの貸付等があります。これらのやり取りが、会社の規模から逸脱した金額でなければ問題ないといえそうです。
また、法人から経営者への貸付金・仮払金等についての最低限の目安として、総資産の1%以下または100万円以下であることが具体的に示されているので、参考にするといいでしょう。
3.財務状況の正確な把握、経営の透明性確保
経営者は、自社の現状と今後の見通しを的確に把握しておくことが不可欠です。具体的には、次のような点を常に把握しておく必要があります。
- 会社および経営者個人の資産・負債の状況
- 事業計画の内容とその実行体制
- 業績見通しとその進捗状況
経営の透明性を確保するためには、金融機関から情報開示を求められた際に、上記の情報を正確かつ丁寧に開示・説明することが求められます。
また、情報の信頼性を高めるには、外部の専門家による検証を受け、その結果とともに情報開示をおこなうことが望ましいです。
さらに、事業計画や業績見通しに変動が生じた場合には、取引金融機関に対して速やかに報告し、自発的な情報開示に努める姿勢が重要です。
経営者保証を解除する方法

いきなり経営者保証の解除を取引金融機関に申し出るのは賢明ではありません。ガイドラインに即した準備が必要です。
経営者保証の解除を考える場合、以下の点に留意しましょう。
- 条件をクリアする
- 取引金融機関に直接依頼する
- 専門家に相談する
条件をクリアする
経営者保証の解除には、ガイドラインに示されている条件を満たさなければなりません。
条件とは先に示した3つの点です。
- 法人と経営者との関係の明確な区分・分離
- 財務基盤の強化
- 財務状況の正確な把握、経営の透明性確保
まずは自社が条件を満たしているかを確認し、できる限りの体制を整えることが重要です。
取引金融機関に直接依頼する
経営者保証を解除するには、会社側から自ら申し出る必要があります。なぜなら、金融機関のほうから「経営者保証を解除しませんか?」と提案してくることは、まずないからです。金融機関にとっては、あえて自ら経営者保証付き融資を手放すような、不利な条件を取引先に提示する理由はありません。
そのため、経営者保証の解除を検討する経営者は、まず前提となる条件を満たしているかを確認したうえで、金融機関に対して自ら解除を申し出ることが重要です。
専門家に相談する
取引金融機関に依頼する前に専門家に相談するのもおすすめです。
経営者保証の解除を目指すには、ガイドラインの理解や財務資料の整理、金融機関との交渉が不可欠です。
これらを自社だけで進めるのが難しい場合は、税理士や中小企業診断士、事業承継支援センターなどの専門家に相談しましょう。適切なサポートを得ることで、手続きの確実性や交渉力が高まります。
【参考】金融機関および信用保証協会におけるガイドラインの活用実績
(引用:経営者保証 | 中小企業庁)
経営者保証の解除ではないのですが、経営者保証に依存しない新規融資の割合を参考までに取り上げます。
上のグラフは、経営者保証に依存しない新規融資の割合です。
政府系金融機関、信用保証協会、民間金融機関、いずれも増加しています。
政府系金融機関
政府系金融機関には、日本政策金融公庫および商工組合中央金庫(商工中金)の2つがあります。直近5年間での割合は以下の通りです。
2020年度 | 2021年度 | 2022年度 | 2023年度 | 2024年度上期 | |
日本政策金融公庫 | 34.1% | 44.0% | 50.0% | 58.9% | 54.6% |
商工組合中央金庫 | 84.4% | 69.7% | 67.9% | 70.7% | 70.9% |
平均 | 38.1% | 47.2% | 52.4% | 60.5% | 56.7% |
(出典:中小企業庁|政府系金融機関及び信用保証協会におけるガイドラインの活用実績 より作表)
日本政策金融公庫は、経営者保証免除に関するガイドラインに対応すべく、「経営者保証免除特例制度」を取り扱っています。
公式サイトには詳細について掲載されていますので、関心のある事業者はご覧ください。
(参考:経営者保証免除特例制度)
信用保証協会
信用保証協会を利用する際には、金融機関に支払う金利とは別に「保証料」が必要です。
2024年3月からは、一定の条件のもとで経営者保証を不要とする「事業者選択型経営者保証非提供制度」も導入されており、保証料を上乗せすることで利用できます。
利用可能な事業者や上乗せ保証料率、対象となる保証制度が定められていますので、利用を検討する場合、取引金融機関に確認することがおすすめです。
(出典:全国信用保証協会連合会|保証料の上乗せという経営者保証の機能を代替する手法を活用した制度等の取り扱いを開始します)
銀行
金融庁では、「経営者保証に関するガイドライン」等の活用実績について公開しています。
下の表は、令和5年度の経営者保証に依存しない新規融資の割合(地域銀行100行)です。
【新規融資に占める経営者保証に依存しない融資の割合(地域銀行100行)】
順位 | 経営者保証に依存しないベスト5行 | 経営者保証に依存しないワースト5行 | ||
銀行名 | 割合 | 銀行名 | 割合 | |
1 | 東京スター銀行 | 95.0% | 三十三銀行 | 30.9% |
2 | 北國銀行 | 86.4% | 筑邦銀行 | 34.0% |
3 | 西京銀行 | 80.5% | 東北銀行 | 34.4% |
4 | 東日本銀行 | 79.7% | みちのく銀行 | 35.3% |
5 | 山陰合同銀行 | 78.4% | 富山銀行 | 35.4% |
地域銀行(100行) 平均 54.8%経営者保証に依存しない割合70%以上 16行50%以下 40行 |
(出典:金融庁|主要行等及び地域銀行の「経営者保証に関するガイドライン」の活用実績等について(個別行の実績及び取組方針の公表状況) より作表)
まとめ

経営者保証は、経営者個人が会社の借入の連帯保証人となる制度であり、金融機関にとってはモラルハザードの抑止や回収ルートの確保といったメリットがあります。
経営者にとっても、融資がスムーズになるなどの利点があります。一方で個人資産を失うリスクや事業承継の妨げとなるなどの問題点がデメリットです。
経営者保証により直面しうるリスクなどを是正するため、「経営者保証に関するガイドライン」を策定し、保証に頼らない融資を金融庁は推進しています。
法人と経営者との関係の明確な区分・分離などの条件を満たすことで、経営者保証の解除も可能となります。今一度、会社と個人との見直しを図られてはいかがでしょうか。